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大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)908号 判決

控訴人

島田健治

被控訴人

天理市農業委員会

代理人

福岡藤市郎

補助参加人

奈良県農地委員会承継人・奈良県知事

補助参加人

南阪治

他二二名

代理人

中井弥六

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用及び当審における参加により生じた費用は、いずれも控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。朝和村農地委員会が昭和二三年六月六日別表(一)記載の各土地について樹立した買収計画及び同年一〇月一日別表(二)及び(三)記載の各土地について樹立した買収計画に基づいて、政府のなした右各土地の買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、〈以下省略〉

理由

先ず明確を期するため当審における審判の範囲について一言する。控訴人は、当審において数次に亘り控訴の趣旨を変更した後、昭和三〇年一月二八日午前一〇時の口頭弁論期日に陳述した同日付準備書面(その第四丁、記録第五六七丁)により最終的に控訴の趣旨を変更して、その請求を本件各買収処分の無効確認請求に限定したのであつて、右控訴の趣旨の変更は訴の一部取下を含むものと解すべきところ、控訴人が右変更にかかる控訴の趣旨においても原判決中控訴人敗訴部分のみの取消を求め、右準備書面に各買収申請人についてその申請適格を欠く事由を列挙した後、別表(三)記載の各土地の買収申請人である安田寅蔵については第一審で勝訴したことを理由に右事由の記載を省略している(その第三〇丁、記録第五九三丁)ところからすれば、右控訴の趣旨の変更は原審の認容した別表(三)記載の各土地に関する買収計画の無効確認請求の訴まで取下げる趣旨ではないと考えられるから、結局、右控訴の趣旨の変更により、原審の判断の対象となつた各請求の中、以上の各請求を除くその余の各請求が取下げられたことになる(なお、被控訴人及び補助参加人等は、昭和四四年三月一九日午後一時の口頭弁論期日に右控訴の趣旨の変更に異議がない旨を述べたので、その変更による右訴の一部取下に同意したものと認められる)。しかし、控訴人が取下をしなかつた別表(三)記載の各土地に関する前記買収計画の無効確認請求については、原判決においてこれを認容しているところ、この部分について被控訴人から不服の申立がないので、右請求は当裁判所の審判の対象とならず、原判決をそのまま維持しなければならないから、当審においては、前記各買収処分の無効確認請求についてのみ判断すべきこととなるわけである。

そこで、右各買収処分の無効確認請求の適否について考えるに、控訴人が無効であることの確認を求める「政府の買収処分」というのは、自創法により市町村農地委員会の樹立した買収計画に基づき、都道府県知事が買収令書の交付またはこれに代る公告によつて行なう買収処分を指すものと解されるところ、このように行政処分の無効確認を求める訴の相手方に関して、行政事件訴訟法(昭和三七年法律第一三九号)は同法第三八条により同法第一一条を準用し、その処分を知行政庁を被告とすべきことを明らかにしているが、本件については、同法附則第八条第一項によりその被告適格についてはなお従前の例によるべきものとされ、而も同法施行以前には右のような明文の規定がなかつたので、行政処分無効確認請求訴訟の性質と行政事件訴訟特例法(昭和二三年法律第八一号、以下「特例法」と略称する)の解釈とによつてこれを決する外はない。先ず、行政処分無効確認の訴は、重大且つ明白な瑕疵を有するため行政処分が当初から無効であり、原告たる者の法的地位に該処分による変動がないことを明確にし、これによつて、該処分が表見的に有効視されることにより生ずる原告の地位の不安ないし危険を除去することを目的とする確認の訴であつて、確認訴訟の類型に属する以上、一般の原則に従つて、当該行政処分の効果たる権利または法律関係の帰属主体である国または公共団体を被告として訴を提起するのが本則であるとしなければならない。しかし、行政処分無効確認の訴は、確認訴訟であるとはいえ、一般の確認の訴のように当該行政処分によつて形成または確認された特定の権利または法律関係の無効を主張するものではなく、その前提である当該行政処分そのものの瑕疵を主張してその効力を争うものであつて、この点においては、瑕疵が存在するに拘らず一応有効とされている行政処分の効力を取消判決の形成力によつて遡及的に失わせることを目的とする行政処分取消の訴と軌を一にするものである。従つて、この限りにおいては、行政処分無効確認の訴についても、取消の訴に準ずるものとして、その性質に反しない限り特例法の規定を準用するのが相当であるところ、同法第三条が行政処分の取消または変更を求める訴の被告を、国または公共団体の機関として直接当該行政処分をした行政庁としたのは、該行政処分の瑕疵を主張してその取消または変更を求める原告にとつても便宜であり、被告においても攻撃防禦方法を迅速に尽すことができ、訴訟手続上も事案の適正妥当な解決を図る上にも適切であるとの趣旨に出たものであつて、この趣旨は行政処分無効確認訴訟にも当然推及されるものであるから、同条は無効確認の訴にも準用され、行政処分の無効確認を求める者は当該行政処分をなした行政庁を被告として訴を提起することも許されるものと解すべきである(最高裁判所昭和二九年一月二二日判決、民集八巻一号一七二頁参照)が、この許容の限度を超えて、当該処分行政庁でもなく、またその効果の帰属主体でもない関係機関または下級行政庁を被告として右無効確認の訴を提起することは法律上許されないものと考える外はない。本訴において、控訴人は前述のように奈良県知事のなした本件各買収処分の無効確認を求めるものであるに拘らず、朝和村農地委員会を被告として本訴を提起し、同委員会が後に朝和村農業委員会と改称し更に昭和二九年七月二〇日町村合併によつて被控訴人天理市農業委員会に吸収されたことは記録上明らかであるが、右各委員会は、前記各買収処分の効果たる権利または法律関係の帰属主体でないことは勿論、その権限に基づいて直接右各買収処分をなした行政庁でもないのであるから、これに本訴の被告適格を認めるべき根拠はないものといわなければならない。

しかのみならず、行政処分無効確認の訴が前述のような目的を以て提起されるものであるとすれば、原告たる者にとつてその処分が有効視されることから生ずる法的地位の不安ないし危険を除去することが不可能となりあるいは無意味となる事態の生じたときは、その訴の利益も亦消滅するものと解する外はなく、無効な宅地買収処分によつて原告の宅地所有権が国に移行したかの如き外観を呈していることにより原告の宅地所有者としての地位に生じている不安ないし危険を除去するために提起される買収処分無効確認請求訴訟もその例にもれないものというべきである(最高裁判所昭和三九年一〇月二〇日判決、民集第一八巻第八号第一、七四〇頁)。これを本件についてみるに、被控訴人及び補助参加人等は、別表(一)及び(二)各買収申請人欄並びに別表承継人欄記載の各補助参加人等において別表(一)及び(二)各記載の各買収申請人に対応する土地(別表(五)記載の者については同表買受人欄記載の者を通じて対応する土地)につきそれぞれその所有権の取得時効が完成したとしてこれを援用したので、その結果として控訴人は右各土地の所有権を喪失し、本訴における訴の利益も消滅したと主張する。右取得時効の援用権は、右補助参加人に独自のものであり、被参加人である即ち買収処分無効確認訴訟の被告には援用権がないのであるが、買収処分無効確認訴訟の判決には対世効があり、その効力は補助参加人にも及ぶのであるから、本件の補助参加はいわゆる共同訴訟的補助参加に属し、参加人には必要的共同訴訟人に準じた訴訟追行権が与えられているのであつて、参加人が独自の時効援用権を行使することは何等差支えがなく、従つて裁判所がその時効援用の主張に基づいて、訴の利益の有無を判断することができるのは当然であると解される。そして、所有権に基づいて不動産を占有する者についても取得時効に関する民法第一六二条の適用があることは、最高裁判所の判例(同裁判所昭和四二年七月二一日判決、民集第二一巻第六号第一、六四三頁)の示すとおりであるから、本件において取得時効の完成が認められるならば、右補助参加人等がその主張の各売渡処分によつて前記各土地の所有権を有効に取得したか否か、遡つて右各売渡処分の前提となつた本件各買収処分が有効であるかどうかに関わりなく、同人等はこれによつて売渡を受けた前記各土地の所有権をそれぞれ原始的に取得することになるわけである。

控訴人は、この点について、右各売渡処分の前提である本件各買収処分の効力が現に訴訟によつて争われている限り、右各売渡処分を受けた補助参加人等の下で各売渡を受けた土地について取得時効が進行することはないと主張するけれども、本件買収処分無効確認請求訴訟は行政庁を相手方として争われているものであつて、前記補助参加人等を相手方とするものではなく、前記各土地について取得時効が進行するのは、該土地に対する占有の継続という、本訴とは全く関係のない事実に基づくものであるから、控訴人において前記各買収申請人ないし補助参加人等を被告として当該土地の返還請求またはこれに対する所有権確認請求の訴を提起する等、時効の進行を阻止する法律上の方策をとらなかつた以上、前記各土地について本訴とは無関係に取得時効が進行し完成する結果を生ずることは、如何ともなし難いものといわざるを得ない。

そこで、前記各土地に関する右補助参加人等の時効取得の成否について考えるに、別表(一)及び(二)記載の各土地を同表記載の各買収申請人等がそれぞれ建物所有の目的で控訴人から賃借していたことは当事者間に争いがなく、〈証拠略〉を綜合すれば、

一、右各買収申請人は、前記賃借権に基づいて従前よりそれぞれ当該賃借地を占有していたが、いずれも昭和二三年六月頃朝和村農地委員会に対し各賃借地の農業用施設としての買受方の申出をなし、奈良県知事は右買受申込に基づき、別表(一)記載の各買収申請人に対しては同年一〇月二日付で、別表(二)記載の各買収申請人に対しては同年一二月二日付で、従前各買収申請人の賃借地であつた右各表記載の土地を売渡す旨決定し、前者に対しては同年一二月二〇日頃、後者に対しては昭和二四年二月二〇日頃各売渡通知書を交付したこと。

二、爾来、右各買収申請人は、右各土地をそれぞれ自己の所有地として平穏に且つ公然と占有し続けて現在に至つているが、そのうち、南元吉、石井与三郎、嶋本直治郎、岡島芳夫及び志元治郎は、いずれも別表備考欄記載の各日時(但し、志元治郎は昭和二五年九月二五日)に死亡して同表承継人欄記載の補助参加人等が相続し、石井米蔵は買受にかかる別表(一)番号10記載の土地を昭和二八年六月二九日補助参加人石井米男に贈与し、爾来これらの承継人において前記各土地の占有を継続していること

が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。そして、およそ特定の権利を私人に取得させる行政処分があつた場合に、処分の相手方がその効果として権利を取得したと信ずるのは当然であり、特別の事情のない限り、右のように信ずるについて過失はなかつたものと認めるのが相当であつて、前記奈良県知事の売渡処分を受けた前記各土地の買受人等について、過失の存在を窺わせるに足る特別の事情の認められない本件においては、同人等が右売渡処分によつて各買収申請をした土地の所有権を取得したと信じたことに過失はなかつたものと認める外はなく、前記占有の承継をした各補助参加入等はそれぞれその前主の占有を併せて主張しているので、別表(一)及び(二)記載の各土地については、各買収申請人が売渡の通知を受けた日から満一〇年を経過した日、即ち前者については昭和三三年一二月二〇日、後者については昭和三四年二月一〇日、いずれもその所有権の取得時効が完成し、その援用により前記各補助参加人等がこれを原始的且つ確定的に取得したものとしなければならない。

尤も、補助参加人中西一郎については、成立に争いのない乙第一号証の一によつて明らかなように、同人が買受申込をした別表(一)番号11ないし14記載の各土地、の買収計画が議決された昭和二三年六月六日の朝和村農地委員会の会議に、自ら農地委員として出席したばかりでなく、右土地を含む同表記載の各土地の買収計画の議決に参加しているのであつて、右行為が、当時施行されていた農地調整法(昭和二四年法律第二一五号による改正前のもの)第一五条ノ三に「委員ハ自己並ニ同居ノ親族及其ノ配偶者ニ関スル事件ニ付議事ニ与ルコトヲ得ズ」と規定するところに違反するものであることは明白であるところ、若し、この違反行為により著しく右決議の公正が害されたと認められる特段の事由があり、同人の買収申請地に関する買収計画を無効ならしめるものであるとすれば、同人は農地委員としてこの瑕疵の存在を認識していたものと推認すべきであるから、同人が右買収計画に基づく本件第一次買収処分を前提としてなされた右各土地の売渡処分によりその所有権を有効に取得したと信ずるについては、過失がなかつたものとすることはできないわけである。しかし、補助参加人中西一郎が右のように有過失の占有者であるとしても、同人が所有の意思を以て今日に至るまで右各土地の占有を継続していること前認定のとおりである以上、同人が前記売渡処分の通知を受けた日から満二〇年を経過した昭和四三年一二月二〇日右各土地について取得時効が完成し、同人において前同様その所有権を取得したものとする外はない。

そして、このように別表(一)及び(二)記載の各土地が前記各補助参加人の所有に帰したとすれば、その結果、控訴人は右各土地の所有権を喪失してもはやこれを回復することができない状態に陥つたものというべきであり、ひいては右各土地に関する本件各買収処分の無効確認訴訟を追行する利益をも喪失したものといわなければならない。

更に、本件第二次買収処分中、別表(三)記載の各土地に関する部分の無効確認請求については、前述のように、当審としてはその基礎となつた買収計画の無効確認請求を認容した原判決を維持するの外はないのであり、買収計画の無効が判決によつて確定すれば、右買収計画に基づいてなされた買収処分は、これに先行しその処分の不可欠の要素をなす前段階の行為を欠除することになつて、これ亦無効に帰するのであり、しかも買収計画の無効は買収処分無効確認訴訟においても、その既判力により、これを争うことができないのであるから、控訴人としては、右買収計画の無効確認請求につき勝訴判決を得た以上、重ねてこれに基づく買収処分の無効確認を求める必要はないこととなるので、右買収処分無効確認の請求についても訴追行の利益はないものとしなければならない。

以上に説示したように、控訴人の本件各買収処分無効確認請求について、被控訴人に被告適格がなく、控訴人に訴の利益がないとすれば、そのいずれの点よりしても、控訴人の右請求にかかる訴は不適法であつて却下を免れず、これと結論を同じくした原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないことに帰着する。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九四条に従い、主文のとおり判決する。〈別表略〉(金田宇佐夫 輪湖公寛 中川臣朗)

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